ハルとゆく12 のカフェ《パリ記4》

ハルは“朝活”が好きな女の子。早朝から公園でラジオ体操に参加したり、歩いて山手線を一周したり。私が布団でモゾモゾしている時間に、ほとんど人のいないオフィスに小奇麗ななりで出社していたりする。 ハルの朝はパリでも早かった。朝シャンした長い髪を風になびかせてカフェに向かう。こちらがベッドでモゾモゾしていると「先に行ってますね♫」とひとりで出かけていく。パリでハルと訪れたカフェは12軒になった。 ハルはチャッピー(ChatGPT)に相談しながら進んでフランス語を話した。「郷に従うタイプなんで!」と爽やかに宣言し、店員氏と笑顔を交わし楽しそうだ。「これ“と”これくださいの“と”、は“エ”って言うんです」。 軽やかに語学を習得する彼女を横目に、すっかりフレンチを諦めた私は拙い英語で注文していた。…that’s all. この投稿をInstagramで見る DU PAIN ET DES IDEES(@dupainetdesidees)がシェアした投稿 ハル的ベストカフェは、『Du…

美術館めぐり前編(ルーヴル美術館、オランジュリー美術館)《パリ記3》

滞在2日目はルーヴル美術館とオランジュリー美術館へ。 ルーヴルといえばレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ』。『ミロのヴィーナス』『サモトラケのニケ』もそれに続くだろうか。 昼前に入館した我々、午後の混雑を避けようとまずは『モナリザ』を目指すことにした。展示室をぐんぐん進む。 『モナリザ』の批評や考察には幾度となく触れてきた。下絵が隠れているとか、モデルが実在するとかしないとか、実は男性だとか。 一見穏やかな微笑みに世界中の人々が取り憑かれるのはなぜなのか。いざ「本人」と対面したら私は何かを感じるのだろうか。早まる足音、胸の高鳴り…! しかし実際、ゆっくり鑑賞する余裕などなかった。人混みをかき分けて最前列に辿り着いたものの警備員にすみやかな退室を促される。 さようならモナリザ。あなたをもっと観ていたかったよ。あと、意外と小さいんだね。 ルーヴルはもはや美術館ではない。“人類史万博”である。買ってきたガイドブックには「人類誕生以来の芸術創造の傑作を一堂に集め、すべての人を歓迎する普遍的な芸術館」とあった。そう、それだ。 紀元前7000年(!)の彫像、古代美術のユーモラスな動物の造形。革命を描いたドラマティックな油彩画。美男に仕上げられた貴族の肖像。 文字が生まれる前から、人類の祖先はこつこつと石を掘った。ものを見、手を動かし続けて、それに芸術と名がついた。それが権威や富の象徴に変わっても、人間は表現を模索し続けている。今この瞬間にも。 その後20分ほど歩いて、オランジュリー美術館を訪れた。ルーヴルが巨大過ぎたせいでオランジュリーのコンパクトさがありがたい。 クロード・モネの「睡蓮の間」はふたつある。それぞれ楕円形の展示室を4枚の『睡蓮』がとり囲む。絵画を見つめるほど没入感が高まってて静謐な気持ちになる。瞑想状態にも似た完璧な展示空間。…

沈まぬ太陽、パリに狂いて《パリ記2》

旅先の遊覧船が好きだ。乗るなら旅の序盤がいい。今からこの地を旅するのだと思えば気分も盛り上がる。韓国では漢江(ハンガン)、大阪の道頓堀川ですら船に乗った。パリに来たとなれば、セーヌ川クルーズは外せない。 マジックアワーを狙い、日没に合わせて21時半に乗船した。そう、5月下旬のパリの日没は21時半だ(!)。まだ明るく、船上から河岸に集まった人々の姿がはっきり見える。 若者ははしゃぎながらドリンクをあおり、船上レストランでは大人がグラスを傾ける。歌う人、踊る人、笑い転げる人。「楽しそうですねー」、「酔っ払ってセーヌ川に落ちないのすごくない?」。我々は景色以上に、明るい夜を謳歌するパリっ子に心を奪われていた。 そう、5月のパリは想像以上に暑かった。緯度でいえば北海道よりも北に位置するから東京の3月程度、トレンチコートを羽織るくらいの気候と思っていた。 しかし着いてみれば連日の30度超え。半袖、もはやノースリーブが適した暑さである。昼間の真白い日差しにしっかりと体力を奪われるのに、いつまでも日が暮れないから深夜まで遊んでしまう。

いま一番行きたい都へ《パリ記1》

  円高を待っていては、いつまでも海外旅行に行けない気がする。未知のウィルスがいつまた蔓延するかわからないじゃないか。だからユーロ高は一旦置いておくことにした。金は後払いでなんとかなる。多分ね。 今回の旅のバディは同僚のハル。年の差ちょうど20。私の大学入学と同時期に産まれた20代女子だ。 ある時ハルに「タソさんと旅行したいです。どこ行きたいですか?」と聞かれて、私は「パリ。」と即答したのだった。彼女は「行きましょう、パリ!」と笑顔になった。話が早すぎるし、嬉しかった。 同じ部署に所属する我々、パリを見据えて仕事を片付けまくった。あんなに夢見たパリが間近に迫っているのに実感が湧かなくて、出発直前に『ポンヌフの恋人』と『ミッドナイト・イン・パリ』を観返した。 ついに私はパリ行きの飛行機に乗った。半日後には憧れのシャルル・ド・ゴール空港に降り立つ。

おとなのとうこうきょひ

前倒しで緊急事態宣言が解除されるなんて。会議、残業、満員電車。嫌味、聞き耳、愛想笑い。この場に及んで会社のことしか考えられない自分が情けない。ああ〜会社に行きたくないよう! 私のテレワークが始まったのは4月10日(緊急事態宣言発出4日後)。以降、週3日はテレワーク、週2日は出社してきた。出勤してもメンバーの半分は不在で広々としたオフィスは快適だった。仕事に集中できるし、会議好きの社員が召集する無駄な会議がないので定時に帰れる。道路も電車も空いていて渋滞もなく通勤時間は短くなった。 この1ヶ月半の心身は調子が良かった。朝は2時間余分に寝ていられるし、夕方の終業後にも活動的になれた。日曜日の夜の憂鬱からも解放された。読書もできるしブログも書ける。朝晩掃除するから部屋がきれいになった。花を活けたりして。 まったく、テレワーク生活は良いことしかなかったのだ。緊急事態宣言下のこのワークスタイルが私を健康に近づけたのだとしたら、恒常的にテレワークを取り入れている会社に移ればよいのだろう。ともあれ。新しい働き方を知ってしまった私は今、登校拒否児のようだ。

最強のコックピット

「仕事は家に持ち帰らない!」がモットーだった私が、週3日のテレワーク生活を謳歌している。さまざまな制約からの解放は歓びでしかない。 とはいえ自宅作業には不便がつきまとう。会社のパソコンを遠隔操作するので、動作は重いしショートカットも使えない。画質が悪いので細かなデザインチェックもできない。業務スピードも落ちる。嗚呼、オフィスの自席の尊さよ。 もっとも大きな不在、それは複合機である。オフィスに鎮座するリコーの複合機にどれだけ世話になっていたことだろう! もっとも、席替えでその近くの席になったとき私は喜んだ。印刷・コピー・スキャンのどれも満遍なく使うからだ。大股なら一歩でパネルの前に着く。便利〜。 手の届く範囲に整頓された資料。緩いハの字に設置されたデュアルディスプレイ。姿勢正しく出番を待つ筆記具、引き出しに収まる機能的な文房具。それらのおかげでスムーズに手を動かせる。自宅に複合機は無理としても、尻が痛くならない椅子は欲しい。

新しい生活様式。

新しい生活様式の実践例 -新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月4日)https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000627553.pdf 連休前のオフィスで久し振りにデータアナリストの同僚君に会った。「テレワークどう?」と聞いたら「通勤しなくても仕事できるなって思いました」と笑顔を見せた。ついこの間までの彼は会議に奔走し毎日残業していた。思い出すのは眉間にしわを寄せた苦悶の顔。 一昨日、5月末までの緊急事態宣言延長が発表された。繰り返し伝えられる「新しい生活様式」という言葉に、私はオフィスワーカーの立場で期待している。息苦しい働き方を遠ざける一助となるのではないかと。 毎日満員電車で出勤。始業のチャイムが鳴ると全員参加の会議。例外のない社内ルールに応用の効かない上司。全員同じ時間にとらねばならない昼休み。間仕切りのないデスク。制作の手を止めて出る目的不明瞭な会議。その時間分の残業。 世界的脅威の出現によって、これまで当たり前に従業員に強いてきた「統制」を手放さざるを得なくなった。もし目の前に何の危機もなかったら、保守的な会社でテレワークが実現するまでに何年かかったことだろう。 図らずもコロナ禍で私たちは働き方に選択肢を持った。がんじがらめのあの頃にはもう戻れない。

災い転じてストレス・レス

沸点が低い私はしょっちゅう頭から煙を出す。2年半の休職・失業期間にみっちり認知行動療法のカウンセリングを受けたのにストレス対処が下手糞。周囲に不満を愚痴るたびに((…文句の多い奴って思われてんだろうな〜))と自己嫌悪に陥る。ストレスを隠せないことが更にストレスになる。 だから出勤しないテレワークは最強のストレス対策だった。まず、周りに気を遣わずに済む。愚痴は独り言に終わる。2時間も余分に寝られて、往復3時間の通勤も自動消滅(スッ……)。着替えもメイクも不要。システムの退勤ボタンを押した直後におうち時間が始まる。#stayhome 私は平日は家事をしない。神経が疲弊して何もしたくないからだ。だけどテレワークの日は朝から床にワイパーをかけ、観葉植物の世話をする。こまめに皿を洗い、夜はスパイスを使ってカレーを作る。偶然にもこのタイミングで我が家にやってきた仔猫と遊ぶ。白い体毛を撫で、おもちゃを投げる。うふふ。 図らずもこの状況下で、QOL(=Quality of Life)は急上昇である。20年近く続けた「出勤」から開放されたら、いくつかのストレスはあっさりと去っていった。コロナ収束後には働き方も変わるのだろう。私の自律神経が整う時代がついに来るかもしれない。

愛しのうた

歌川国芳-『其のまま地口 猫飼好五十三疋』(そのまま-ぢぐち・みやうかいこう-ごじうさんひき) 3月8日日曜日、生後半年の仔猫がやってきた。知人が預かっていた “保護猫” だったが、何度か会ううちにめろすが惚れてしまった。先住猫ヨルさんを寵愛するあまり、頑なに新しい猫を迎え入れようとしなかっためろすが……! 名を「うた」とした。白に黒ぶちの模様が、歌川国芳の浮世絵の猫のようだから。それに「うた」と口に出して呼んでみたらしっくりきて、これ以外にない気がした。 うたは跳ねるように生きている。動くものにも動かないものにも飛びかかるし、机にもシンクにも本棚にもひと蹴りで飛び乗ってしまう。当初は慣れない家に不安がって、夜中も鳴き通してろくに眠れなかった。寝不足でぎりぎりに出勤し、会社のトイレで歯を磨いていたくらいだ。 今では家にも馴染んでわがままに暮らしている。お気に入りの昼寝スポットも見つけた。 私は仔猫と暮らすことができて嬉しい。本当に嬉しい。どのくらい嬉しいかというと、各駅停車でゆっくり帰宅する人だったのに今や座れずとも快速に乗り、最寄駅に着けば「うた、うた」とリズムをとりながら早歩きで帰宅するくらいに嬉しい。

異常だけど正常な日常

平日8時過ぎの渋谷駅ハチ公口。 できたばかりの渋谷スクランブルスクエアも渋谷ヒカリエもひっそりとしている。 週末の井の頭公園は普段の3倍くらいの人出だった。西園のトラックを走っていると、当て所もなく一人歩きする若者が目についた。一人暮らしの気分転換だろうか。ベンチに腰掛けてマスクを外して会話する人もいる。マスクをして走る人は息苦しそうに見える。 緊急事態宣言から12日。対象地域が全国に拡大されてから3日経った。今は感染リスクの問題があるものの、週末の公園に人が集まるのは本来は健康的なことだ。 朝の京王井の頭線はヨーイドンと急がなくても座れるようになった(小池都知事の公約通りになった)。テレワークで週の半分は在宅業務になって、往復3時間の通勤時間がなくなった。“3密” を避けるために会議は激減した。一部の企画は進行見合わせになった。 こうなってみて、今までがオカシカッタことに気がついた。週5日満員電車で通勤し、出社すれば締め切りに追われて余裕がなく、中身の薄い会議に時間を取られて苛ついていた。 「家庭を持たない会社員」である私は、この働き方の変化を歓迎せずにはいられない。東日本大震災のあと、過剰なネオンが消えた薄暗い街に向かって、((ほんとはこれでよかったんじゃないか))と思ったように、少し前までの日常が異常に思えてくる。