当たり前だけど、求人票だけで会社の本当のところはわからない。面接官は現場の声なんか教えてくれない。転職を博打にしたくはないけれど、合う/合わないは入社してみないとわからない。緊張とともに今の会社に飛び込んだのは去年の8月1日。一年経った現時点では「転職は成功した」と言えそうだ。 根強い社内政治に不可解な人事。眉をしかめることは多々あれど、現場には関係が薄いからか不思議と働きにくさは感じない。ディレクション範囲は狭く深いから制作に集中できるし、新しい企画を歓迎してくれる上司もいる。労働時間はぐんと減って夏は明るい時間に帰宅できる。収入も(少し)増えて旅行の計画を立てられるようになった。 一年経ったら身の振り方も板についてきた。なんといってもルールに忠実なベテラン勢の扱いが肝である。行く手を阻まれそうになったら「え〜っそんなの初めて聞きましたア!(ここ6社目ですけどォ〜)」とスットボケて振り切るのが得策なのだ。経験社数の多さを活かした40代の処世術。 自由を欲しながらしっかり会社員タイプの私にとって、ここはいい塩梅。ラフ画を描きながらよくもこんな居場所が見つかったものだ、とふと思うことがある。次の一年が考えられる職場は初めてかもしれない。
Category: 転職活動二〇一八
転職して半年経った
寝坊もせず風邪もひかず、この半年は無遅刻無欠勤だ。2月には待望の有給が支給される。そろそろ平日に休みたい。さっそく明日申請しよう。 年末の人事異動で、課長が部長に昇進した。入社当初は形式に囚われた古株社員に挟まれてとても息苦しかった。現部長は当時私の上司ではなかったけれど、何度か窮状を訴えたことがある。我が課の課長を兼務してくれるようになったら、明らかに風向きが変わった。 社歴の浅いアグレッシブな人物が、4フロアを束ねる城主になったのは喜ばしい。社会人生活を振り返ると、どんなに酷い会社にも尊敬できる人が一人はいた。ここでは間違いなくこの人だ。こんな私の話をよく聞いてくれるし。 ある時の私の提案に「いいじゃんやろうよ」と部長が賛同した。するとたちまち企画が滑り出して、部内全員の協力体制が整ってしまった。そのプロジェクトは明日から始まる。今までにないスピード感に驚きつつ、実現したいことへの一歩を踏み出せて、私は嬉しい。
明日から新しい会社(2018ver.)
スイヨービこなけりゃいいのに。スイヨービやだなー。と思い続けていた水曜日がついに明日になった。8月1日(水)は転職先への入社日である。 有給消化のこの一週間は、帰省先の静岡から鎌倉へ行き、友人宅に2泊させてもらった。折りしも土曜日は台風で材木座海岸には海水浴客もおらず海の家も臨時休業。翌日は台風一過の晴天でボディボードができた。一丁前にサーファーに混じって波待ち。砂浜に寝転んで全身砂だらけで夕焼けを眺めた。夏休みだ。 だけど自宅に戻ったら一気に現実が戻ってきた。昨日美容院で「働きたくないなア」とぼやくと「入りたくて(転職活動を)頑張ってたのにね」と笑われた。そうだった。私はあの会社に入りたかったのだ。その1時間後、心療内科でも不安を訴えたけれど、このハリハリする気持ちは私の習性と受け入れるしかない。 違う電車に初めてのバス。起床時間も早くなる。洋服も準備しないと。最初くらいハイヒールを履く? ああもう。
退職しました(二〇一八)
金曜日は私の送別会だった。5度目の転職にして、初めての。好物の餃子の店を選んでくれ、大きなプレゼントと花束を貰い、チョコペンで「タソさんお疲れ様でした!」と描かれたデザートまで出現した。最後まで組織に馴染めなかったけれど、私は仲間に恵まれていたのだ。笑い過ぎて声がかすれた。 乾杯のあと、ひとりひとりに簡易なプレゼントと小さなカードを渡した。相手とのエピソードを思い出しながらメッセージを書くのは楽しかった。一旦は当たり障りなく書き終えた部長のカードは、渡す直前に書き直した。―会社の宝は目の前に居る社員です。個性を認めて柔軟で強い組織を。正しい熱量を持った人が活躍できるように。 1年9ヶ月での退職は早かったかもしれない。確かに不満は多かった。だけど、この会社に貰ったチャレンジの機会やマーケティングの知見は私の宝だ。日々のライティングは学びと喜びに満ちていたし、この歳になってやっとやりたい仕事のピントが合ったと思った。 得たものの大きさを考えれば、ストレスに悩まされた日々も注いだ情熱の代償といつか穏やかに振り返れる気がする。ありがとうみんな。さよなら恵比寿ガーデンプレイス。
退職まであと一週間
出勤するのはあと2日。今週の会議はなんとなく頷いてやり過ごした。システム導入に来期の予算、どんなハナシも他人事に思える。眉間に力を込めて無関心をごまかしていると、隣の社長室から不快な高笑いが聞こえた。あなたに愛想を尽かした社員がまたひとり居なくなるよ。 退職が迫るとランチに誘ってくれる人も現れる。新旧のチームメイト、同郷の派遣社員、後輩たち。それと後任者。6月に入社したばかりの彼はラップトップを抱えて頻繁に私の元にやってくる。作業の引き継ぎ以外に伝えることは結構ある。運用テーマ、ペルソナ、KPIは会議室で。メディアに込める想いやうまい社内の立ち回り方はインドカレーを食べながら話した。 私はこれまで送別会を開いてもらったことがない。送別されるのも、するのも苦手だ。残る価値を見いだせなかった会社に残る人と何を話せばいいのかわからない。退職理由を正直に話せば後味が悪いし、上っ面の会話はつまらない。だけど今回は世話焼きのチームメイトが送別会を開いてくれることになった。さすがに寄せ書きは辞退したけれど。
2018年の転職活動まとめ
タイム・ハズ・カム 胃にポリープが1ダースもできるし過敏性腸症候群も治らないし。毎日薬を13錠も飲んでいる時点で会社との相性が悪いのは明白だ。 それでも転職を先送りにしてきたのは、今のキャリアを半端と感じていたがゆえ。実績を積むまでは会社に留まらなければと思っていた。なんといっても転職活動は面倒くさい。2年前も大変だったじゃないか。 そんな私が転職活動に手をつけたのは4月の組織改編がきっかけだった。首を傾げる新体制の施行により、やり甲斐を感じていた業務を手放さざるを得なくなった。身勝手な社長の思いつきに振り回され、誰も異を唱えられない組織はいよいようんざりだ。時は来た。 I'm at JR 渋谷駅 – @jreast_official in 渋谷区,…
転職先、A or B?
A<B♡ エントリーから1ヵ月、とうに諦めていたA社の書類通過の連絡が来た。面接に赴くたびに筆記テストがあり、役員面接前には課題も出された。一方のB社はエントリー当日に返信がありすぐに面接が決まった。初回から社長面接だったけれど、これぞ意気投合、といえるほど話も弾んだ。 A<B♡ A社のオフィスは都心の自社ビル。ECも実店舗も充実していて、膨大な顧客データに好奇心をそそられる。B社の事務所は代官山のショップのバックヤード。イベントや広告を通じてブランディングにも関わるし、ラフな雰囲気も好みだった。母親に話すと「大きいとこには向かないんじゃない?」と言われ(よくわかってるな)と感心した。だけど私は迷っていた、内定が出る前から。 ♡A>B そのうちA社の内定が出、内定通知とともに労働条件通知書が提示された。いざ書面を見ると広大なフィールドの可能性に興奮した(うおぉ)。その頃、B社からは具体的な条件が示されずにやきもきしていた。やっと提示された額は現職と同等だった(うぅむ)。B社には報酬にこだわらない若い人材が向いているのかもしれない。 ♡A>B 内定通知内には「タソ様の評価は一貫して高いものでした」と記載されていた。自分の企画方針に賛同が得られた安心感と、評価を契約に反映してもらえた納得感があった。A社に入れば勤務時間は1時間減るが、年収はあがる。定時刻も2時間早くなり、憧れのワーク・ライフ・バランスも絵空事ではなくなるかもしれない。 かくして。わたしはA社への入社を決めた。
と、いうわけでお世話になりました。
実は、転職先となったA社には元同僚がいる。仕事で六本木に出かけるついでにランチの約束をしていた。内定前に社内事情を聞き取るつもりが奇しくも前日に内定が出た。ネットでA社の評判を調べると評価の分かれる個性の強さを感じる。業界特性なのだろうか、化粧品開発畑で働いてきた彼はあまり気にしていない風だった。「待ってる!」と言われて別れた。 私の退職は、元“他部署のお局”の現マネージャーから、部長・社長・役員・人事部へと速やかに伝達され、7月末付の退職が確定した。 部長にあらためて退職理由を聞かれたので「社員を信頼しない組織には、その逆もないということです」と答えた。彼は私の会社への煮え切らない思いを知っている。ノイズにまみれながらも働き続けたのは、顧客コミュニケーションの仕事が好きだから。そして、今はキャリアを積むときと決めたから。 カフェでパフェを食べながらの面談で本音も飛び出す。「辞める人は他にもいるけど、タソさんは引き止めたくなる」「そうですか光栄です」「部下としては扱いにくいけど。ハハハッ!」「でしょうね!」。私はこの人に何度も噛み付いてきた。こんな組織で聞き分けの良い社員でいられるかよ。話すたび「と、いうわけで今までお世話になりました」と語尾につけては笑った。
転活週報二〇一八・完(Week10)
■応募0 ■書類通過0 ■面接0 ■不採用1 ■内定1(内々定1) メーカーA社から内定を貰った。火曜の午前中、皆が業務に集中するしんとした空気の中、エージェントから《内定通知書のご連絡》という件名のメールが届いた。興奮と安堵で呼吸がゆっくりになった。空調の冷気が直撃する寒い自席で、人知れず。合否連絡は金曜と聞いていたので不意を打たれた。 その日のうちにスポーツアパレルのB社に連絡した。シューショク用語でいう内々定が出ているものの、2度目に訪ねた際にも条件の提示がなく信頼感はやや低下していた。これは直接社長とやり取りする難しさである(ちなみに組織がないので人事部もない)。A社内定とその条件を伝え、提示してもらった年収額は現職と同じくらいだった。 マーケティングという業種の大項目は同じでも、入社後のワークスタイルは両社でずいぶん違うと思う。だから内定が出る前から、どちらが自分に良いのか悩んでいた。最終的にいくつかの理由でA社を選んだ。B社に辞退のメールをすると、社長から『迷ったら大手です』と返信があった。いや、御社に行こうと思っていた時期もあったんです。本当に。
転活週報二〇一八(Week9)
■応募0 ■書類通過0 ■面接2 ■不採用1 ■内定0 木曜、化粧品メーカーA社の最終面接を受けた。前回もテストを受けたのに、また性格検査があった。没感情な試験官も再登場である。制限時間ハ20分。好まれそうな選択肢に丸をつけた。「一度やると決めたらなにがなんでもやり通す」や「意見を否定されるとしばらく落ち込む」は《全く当てはまらない》にしておく。私は強情だし気落ちしやすい。実際には。 その後は女性役員と一対一の面接。職務経歴のヒアリングと課題のプレゼンテーション。こちらから企画を持ち込むことはあっても、課題提出を求められたのは初めてだった。2つのCRM*企画のために16ページのスライドを用意した。反応は好意的だったと思うが、どうか。合否決定は来週の金曜日と言われた。 土曜、スポーツアパレルのB社に再訪問。先週の面接で前向きな気持ちになっているから条件面の確認に行ったのだけど、具体的な数字は出なかった。現職の年収を聞かれたので同等額からのスタートかもしれない。たとえそうだとしても、このフィールドは魅力がある。マーケティング以外にも、ブランディングやイベント企画にも携われるだろう。社長と2時間も話し込んだ。正直にA社の社名を出し、迷っていることを伝えた。 *CRM=Customer Relationship Management=顧客関係管理。優良顧客を増やす運営手法のこと。









