優れたデザイナーの定義は、「依頼に対して150%を返してくれる人」。こちらが思いつかない “wow”(胸の高鳴り)を示してくれる人だと思う。 昨日、斜め前の席のデザイナーが出したのはデザインとは呼べない代物だった。すべての配置は私が描いたラフのままだったし、読みやすさも構成の工夫も見当たらなかった。同い年くらいに見える彼女の、知見や経験はどこにいってしまったのか。同僚は「やっつけ仕事だね」と苦笑いした。 派遣社員という立場だから、業界への理解も社員とのコミュニケーションも不足している。だから高いクオリティを要求するのは酷だとも思う。その一方で、電話のやりとりだけで気の利いたデザインをあげてくれる外部デザイナーもいる。今回は急遽、別フロアのデザイナーに頼み込んで制作を引き継いでもらうことになった。 デザイナーによって得手不得手があるのはわかる。だけど、150%を返そうとしないデザイナーに頼む仕事はない。
おばあちゃんは何思う
GWに大腿骨を骨折し緊急手術後入院したおばあちゃんは、今近所のリハビリ施設に入所している。今回は私が帰ってくるのにあわせて、夜までの外出許可を貰ったという。 朝、両親と連れ立って迎えに行き、たっての希望「スシロー」に行った。海老の寿司や茶碗蒸しを美味しそうに食べた。ミニストップのソフトクリームもワッフルまでバリバリ食べた。パジャマのプレゼントを渡したら「持つべきものは娘孫だねぇ〜」とにこにこしていた。 寝室から「帰りたくなっちゃったよう」と弱々しい声がしたのは夕食までの間の時間だった。昼寝をしていた私は適当に返事をしてまた寝てしまった。そのうちバタバタと母親が来て、あたふたと蕎麦屋に出かけ夕飯を食べた。予定より早くおばあちゃんを施設に送り届けた。 おばあちゃんは片手で杖をつき、介助者と固く腕を組む。実家は階段や段差が多い。小股の、擦るような歩き方では少しの移動にとても時間がかかる。これまでは「いつでも家に帰れる」と豪語していたおばあちゃんが「まだ戻ってこれん(戻ってこられない)」と呟いたのを聞いた。 自宅に戻りたい気持ちはあっても、身体がいうことを聞かないのはつらいよな。いつでも手を差し伸べてくれる職員のいる施設のほうが安心だろうな。おばあちゃんはどう思っているんだろう。私は時々顔を見に帰るだけの、無責任な孫だ。
神は細部に宿るから -God is in the details.
いよいよチーム内の仲間割れだ。売上第一主義の古参社員vs.CRM至上主義の新参社員。私はもちろん後者である。 今週、私の企画に対して先輩社員の指摘が入った。代替案はコミュニケーションをないがしろにした短絡的な代物に思えた。翌日になっても腹落ちしなかったので、当の本人に掛け合い、制作テーマ・期待する顧客行動などを長々と話してみた。古参社員は、……そんなにやりたいならやったら? という態度だった。静かなフロアで皆が聞き耳を立てていた。みんな聞いていてくれよと思った。 結局私のラフをメインに進めることになったものの、あとからメールで「タソさんのやり方ではデザイナーに負担がかかる」と注意を受けた(ご丁寧に自分に同意してくれそうな古参社員以外のccを外して)。 デザイナーに負担がかからないデザインを最優先にしてしまったら、それは誰のためのデザインなんだ? 古参社員は古いクリエイティブの切り貼りや、コピーの使い回しを躊躇しない。私は、これまでの弊社クリエイティブにはないエッセンスを盛り込みたい。そのために呼ばれたのだから。それを苦々しく思うのなら、あんたの意のままに動く事務員を雇ってくれ。 ある人は「神は細部に宿る」と言った。細やかなこだわりこそが顧客満足につながるのだと。メッセージを真剣に伝えようとするなら、表現にこだわらない選択肢はない。
転職して3ヶ月経った(試用期間の終了)
数週間前に書いたブログの下書きを読めば私の心はダークであった。幸いなことに、ブログを放ったらかしにして働いたり遊んだり(温泉旅行をしたりライブに行ったり)しているうちに状況は改善していた。 不穏の発端はwebデザイナーが退職したこと。その影響で忙しくなるのはいっときの「しのぎ」と受け止めるにしても、ドサクサに紛れて課内の3プロジェクトを兼任してほしいと言われた。ふんわりしたオファーのわりに仕事はしっかり増えるし、やりにくい二番手を3つも掛け持つなんて御免である。主担当ならまだしもさ。 同じフロアの他課の課長へ相談を持ちかけるとすぐにマッタをかけてくれた。管理職不在の喜劇、未熟なリーダーの一存で右往左往していたが、今月からはその頼もしい課長が我がチームも牽引してくれることになり、よい兆し。 新参者のストレスを背負って働いた3ヶ月が過ぎ、特に誰にも何も言われぬまま静かに試用期間が終わった。私のフロアは新参者が多い。これから面白い変化が起こりそうな空気。私も、乗り遅れないように。
転職して2ヶ月経った
月に2度会う鍼の先生は、頭の凝りがひどいと言う。会社の奇妙なルールには相変わらず戸惑うし、穏やかだがまだ本性のわからない同僚にも気を遣う。元来、環境の変化が苦手な緊張体質だから新しい職場に慣れるまでは暫くかかる。……だから転職は苦手なんだ。 とはいえ、転職してヨカッタと思わない日はない。40歳になった去年、やっと心から打ち込める仕事(CRM)を見つけた。20代、30代はずっと仕事が苦しかった。あまたの退屈や嫌悪の中から、ようやくコレという砂金をつまみ上げた気がする。「向き不向き」や「好き嫌い」の構造は複雑で辿り着いたら40歳になっていた。この先また変わるかもしれないし。 現職には制作に没頭できる充実感がある。これまでと桁違いの数の顧客を相手にできる興奮もある。課内はフラットな空気で意見も存分に聞いてもらえる、だから存分に言わせてもらう。したり顔の論説の結果が不振に終わり、恥をかくのも勉強なり。これまでのセオリーが正解に結びつかないのもまた刺激的。
鈍足でも走れ
隣の席の先輩は「わたしファンランナーだから」と謙遜するけれど、チームに所属し、陸連登録もし、フルマラソンを走りきるれっきとした市民ランナーだ。写真を見せてもらったらアラレちゃんの仮装をしていて(!)「これやると応援してもらえるの♪」とにこにこしていた。楽しみ方がステキなのだ。 晩秋から早春にかけてはマラソンシーズンになる。というわけでそれらのエントリーは今が佳境である。今シーズンはレース欲が出て『新宿シティハーフマラソン(10キロ)』、『湘南国際マラソン(10キロ)』と『フロストバイトロードレース(ハーフ)』を走る予定。 長い夏の間堂々とさぼっていた練習を再開するも、足運びはどこまでも重くバテた身体が左右に揺れて悪いフォームの手本みたいだ。幸運はサブスリーのめろすが先導してくれることで、希望の距離を告げればあとはついていくだけ。私のペースは、彼にとってのLSD(Long Slow Distance)以下なんだけれど。 とてつもなく暑かったこの夏も、出勤や帰宅時間にランナーを見かけた。酷暑を駆け抜けた彼らは、走力を落とすことなく秋を迎えられただろうな。
おばあちゃんの転院
5月の緊急入院からお世話になった市民病院を退院、おばあちゃんは今月別の施設へ移った。「リハビリ施設」と聞いていたけど、行ってみたら随分イメージが違う。車椅子に乗った老人たちがひしめき、痴呆の進んだ多くの人が口を開けて天を仰いでいた。話し声が賑やかだった病院と違って入所者同士の会話もほとんどない。 おばあちゃんは「早くこんなとこ出たいわえ」と嘆いていた。おばあちゃんは日頃から「痴呆」や「寝たきり」を恐れているから間近でみるのがつらいのだ。入院以降、来客や飯の支度など日常生活の気がかりがなくなって若干ぼんやりしたが、相変わらず口は達者である。敬老の日の贈り物で、ガラスドームに入ったプリザーブドフラワーを渡すと喜んでくれた。 おばあちゃんが暮らす母屋と両親が再婚後に建てた一軒家。隣り合っているから毎日顔を合わせるものの、ひとりの時間がほとんど。退所して自宅に帰るためには、ひとりで日常生活を送れる体力が必要になる。入所契約は11月までと聞いた。しばらくは頻繁な静岡通いが続きそうだけど、おばあちゃんと話す機会が増えて孫は嬉しくもある。
転職して一ヶ月経った
中小を渡り歩いてきた私には刺激的な初月だった。売上高は前職の100倍だから自部門の数値だけでも桁が違う。社内にはクリエイティブを担う部署がいくつもあるけれど牽制し合う雰囲気はない。というか業務が多岐にわたるのでそれぞれに目が届かない。 驚くことは数あれど、制作者の売上意識の低さはカルチャーショックである。結果に対する喜怒哀楽も見られないし、手柄をアピールしあう雰囲気もない。良く言えば平和。前職ではいちメディアの予算をひとりで背負っていたから毎日一喜一憂していた。そのストレスと引き換えに得た「数値への感覚」を、今では財産だと思うようになった。 部署が大所帯なので通常業務は「課」単位で進む。課長以下、主任1名、制作者3名、解析士1名、webデザイナー1名。皆の業務は効率よく無駄がないけれど、新しいチャレンジはしてこなかったとみえる。私はクリエイティブのテコ入れ要員として迎えられた。どんなアイデアも聞き入れてもらえるし、思えばこの一ヶ月、なにひとつ否定されていない。 ともあれ、月曜日の憂鬱は転職しても健在である。現状維持で「回せる」中、自分が居る意味を作っていけたらいい。明日は『ドコサヘキサエン酸』の文章を書く。
17時からの快活
8つのルールだのと書いたけど、一番の変化は17時に仕事が終わることだ。これまで17時といえば、時短勤務社員や派遣社員のみが “帰れる” 時間で、言ってみればゴールデンタイム突入前であった。実家近くの市役所から17時すぎに続々と職員が帰宅するのを見て(クジゴジで働くなんて一生ねえよ……)とうらめしく思う人生だった。 そんな “夢の17時あがり” に加えて労働時間も1時間減った。「8時間プラス残業」の無意識の見積もり習慣をあらためなくてはならない。効率よく進めないと一日はすぐ終わってしまう。「1時間減る」ということは月換算で20時間、12ヶ月なら240時間も労働が少ない。さらに言えば、240時間は年間休日が10日増えるに等しく、240時間残業すれば残業代だけでひと財産だ。 17時終業は精神的余裕をもたらした。バスや地下鉄が便利に使える職場の立地のおかげで定時後のフットワークも軽い。先週はライブ、今週は美術館。今度は演劇に行くことにした。嗚呼、文化的寄り道が増えた素晴らしき変化よ。17時から、わたしは快活である。
この夏のメンタルヘルス
この夏、大ストレス源だった職場を変えた(そう、私は転職した!)。勤務時間→短縮◎・賃金→アップ◎・制作環境→向上◎。とはいえ、症状がすぐに改善するわけではない。新しい会社で緊張しているし、物珍しいルールに戸惑っている。今もふいに息苦しさに気がついて薬の飲み忘れに気づくときがある。 吉祥寺の心療内科は初老の先生が淡々と患者を診ていく。近況報告をして次の予定を決めるだけだから、診察室を出るまで5分とかからない。淀みない静かな流れ作業。高円寺のドクターとは大違いだけど、今の私は前後がわからなくなるほど混乱してはいない。 去年襲われていたつらさを思い出すと顔が歪む。あの状態を脱却するには他人の力を借りずにはいられなかったし、そうして良かったと心から思う。実用書を読んだって、体操をしたって、解決しないこともあるから。









