前倒しで緊急事態宣言が解除されるなんて。会議、残業、満員電車。嫌味、聞き耳、愛想笑い。この場に及んで会社のことしか考えられない自分が情けない。ああ〜会社に行きたくないよう! 私のテレワークが始まったのは4月10日(緊急事態宣言発出4日後)。以降、週3日はテレワーク、週2日は出社してきた。出勤してもメンバーの半分は不在で広々としたオフィスは快適だった。仕事に集中できるし、会議好きの社員が召集する無駄な会議がないので定時に帰れる。道路も電車も空いていて渋滞もなく通勤時間は短くなった。 この1ヶ月半の心身は調子が良かった。朝は2時間余分に寝ていられるし、夕方の終業後にも活動的になれた。日曜日の夜の憂鬱からも解放された。読書もできるしブログも書ける。朝晩掃除するから部屋がきれいになった。花を活けたりして。 まったく、テレワーク生活は良いことしかなかったのだ。緊急事態宣言下のこのワークスタイルが私を健康に近づけたのだとしたら、恒常的にテレワークを取り入れている会社に移ればよいのだろう。ともあれ。新しい働き方を知ってしまった私は今、登校拒否児のようだ。
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最強のコックピット
「仕事は家に持ち帰らない!」がモットーだった私が、週3日のテレワーク生活を謳歌している。さまざまな制約からの解放は歓びでしかない。 とはいえ自宅作業には不便がつきまとう。会社のパソコンを遠隔操作するので、動作は重いしショートカットも使えない。画質が悪いので細かなデザインチェックもできない。業務スピードも落ちる。嗚呼、オフィスの自席の尊さよ。 もっとも大きな不在、それは複合機である。オフィスに鎮座するリコーの複合機にどれだけ世話になっていたことだろう! もっとも、席替えでその近くの席になったとき私は喜んだ。印刷・コピー・スキャンのどれも満遍なく使うからだ。大股なら一歩でパネルの前に着く。便利〜。 手の届く範囲に整頓された資料。緩いハの字に設置されたデュアルディスプレイ。姿勢正しく出番を待つ筆記具、引き出しに収まる機能的な文房具。それらのおかげでスムーズに手を動かせる。自宅に複合機は無理としても、尻が痛くならない椅子は欲しい。
新しい生活様式。
新しい生活様式の実践例 -新型コロナウイルス感染症対策専門家会議「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年5月4日)https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000627553.pdf 連休前のオフィスで久し振りにデータアナリストの同僚君に会った。「テレワークどう?」と聞いたら「通勤しなくても仕事できるなって思いました」と笑顔を見せた。ついこの間までの彼は会議に奔走し毎日残業していた。思い出すのは眉間にしわを寄せた苦悶の顔。 一昨日、5月末までの緊急事態宣言延長が発表された。繰り返し伝えられる「新しい生活様式」という言葉に、私はオフィスワーカーの立場で期待している。息苦しい働き方を遠ざける一助となるのではないかと。 毎日満員電車で出勤。始業のチャイムが鳴ると全員参加の会議。例外のない社内ルールに応用の効かない上司。全員同じ時間にとらねばならない昼休み。間仕切りのないデスク。制作の手を止めて出る目的不明瞭な会議。その時間分の残業。 世界的脅威の出現によって、これまで当たり前に従業員に強いてきた「統制」を手放さざるを得なくなった。もし目の前に何の危機もなかったら、保守的な会社でテレワークが実現するまでに何年かかったことだろう。 図らずもコロナ禍で私たちは働き方に選択肢を持った。がんじがらめのあの頃にはもう戻れない。
災い転じてストレス・レス
沸点が低い私はしょっちゅう頭から煙を出す。2年半の休職・失業期間にみっちり認知行動療法のカウンセリングを受けたのにストレス対処が下手糞。周囲に不満を愚痴るたびに((…文句の多い奴って思われてんだろうな〜))と自己嫌悪に陥る。ストレスを隠せないことが更にストレスになる。 だから出勤しないテレワークは最強のストレス対策だった。まず、周りに気を遣わずに済む。愚痴は独り言に終わる。2時間も余分に寝られて、往復3時間の通勤も自動消滅(スッ……)。着替えもメイクも不要。システムの退勤ボタンを押した直後におうち時間が始まる。#stayhome 私は平日は家事をしない。神経が疲弊して何もしたくないからだ。だけどテレワークの日は朝から床にワイパーをかけ、観葉植物の世話をする。こまめに皿を洗い、夜はスパイスを使ってカレーを作る。偶然にもこのタイミングで我が家にやってきた仔猫と遊ぶ。白い体毛を撫で、おもちゃを投げる。うふふ。 図らずもこの状況下で、QOL(=Quality of Life)は急上昇である。20年近く続けた「出勤」から開放されたら、いくつかのストレスはあっさりと去っていった。コロナ収束後には働き方も変わるのだろう。私の自律神経が整う時代がついに来るかもしれない。
異常だけど正常な日常
平日8時過ぎの渋谷駅ハチ公口。 できたばかりの渋谷スクランブルスクエアも渋谷ヒカリエもひっそりとしている。 週末の井の頭公園は普段の3倍くらいの人出だった。西園のトラックを走っていると、当て所もなく一人歩きする若者が目についた。一人暮らしの気分転換だろうか。ベンチに腰掛けてマスクを外して会話する人もいる。マスクをして走る人は息苦しそうに見える。 緊急事態宣言から12日。対象地域が全国に拡大されてから3日経った。今は感染リスクの問題があるものの、週末の公園に人が集まるのは本来は健康的なことだ。 朝の京王井の頭線はヨーイドンと急がなくても座れるようになった(小池都知事の公約通りになった)。テレワークで週の半分は在宅業務になって、往復3時間の通勤時間がなくなった。“3密” を避けるために会議は激減した。一部の企画は進行見合わせになった。 こうなってみて、今までがオカシカッタことに気がついた。週5日満員電車で通勤し、出社すれば締め切りに追われて余裕がなく、中身の薄い会議に時間を取られて苛ついていた。 「家庭を持たない会社員」である私は、この働き方の変化を歓迎せずにはいられない。東日本大震災のあと、過剰なネオンが消えた薄暗い街に向かって、((ほんとはこれでよかったんじゃないか))と思ったように、少し前までの日常が異常に思えてくる。
選択肢のない不愉快
先週、初めてテレワークというものをした。世間にだいぶ遅れをとったものの、前時代的なルールが蔓延る弊社でそれが実現したことは評価したい。 3月上旬。満員の京王井の頭線の車内で「混雑緩和のためテレワークや時差出勤にご協力ください」というアナウンスを聞いた。まだ危機感が薄かった私は、ぴくりとした。けれどもそれを聞いた人たちは(自分に言われてもね)と思ったのではないか。会社の偉い人に言ってよ、と。 出社後すぐ、上長に時差出勤を広く認めてほしいと提案した。今や親戚や友人に都心への出勤を心配されるレベルにもなった。喘息の家族や幼い子供がいる人もいるはずだし、半分以上いるマスク姿の社員たちは(気が気じゃありません)と顔に書いてあるようなものじゃないか。しかし上長は「タソさんが人事部にいたら実現できたかもしれないね」と苦笑いする頓珍漢で話にならなかった。 「“美と健康を提供するのが業務使命” というのなら矛盾していませんか。この会社の対応はいま注目されていますよ」。そう言ったところで苛立ちは収まらない。 私は選択肢がないことが不愉快で仕方がないのだ。同僚たちは虚な目をして口をつぐんでいた。お見事なことだ!





