試写会から2ヶ月、ついに一斉上映日。ひとりで出掛けたが会場にはファンだけが集った親密さが漂っていた。ライブシーン以外では3人の個性が際立つ。ベンジーはバンマス的存在、照井氏はストイックに誠実を貫き、中村達也は奔放な努力家。 最後のツアーでも本番中のセッション(=生み出す行為)は続き演奏が上り詰めていく。緊張感の漂う楽屋の空気もこのバンドにとっては別段特別ではなかったはずだ。旅を続ける覚悟があるから別れの言葉は少なく、普段の調子でいられる。別れを告げる眼はすでに先を見ているようだった。
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映画試写 Blanky Jet City『VANISHING POINT』
Blankey Jet Cityのラストツアーを追ったドキュメンタリーが来年1月26日に限定公開される。 解散してから12年も経つというのに、3人が残した焼き印みたいな存在感は醒めることがなく、その証拠に今年の夏の写真展でまんまと「遅れてきたファン」になってしまった自分のような人もいる。きっとこれからも増える、自分のような人は。だから、年々、時代がじわじわと先に進んでも、偉大なバンドの終わりを目撃できる記録が完成したことを歓迎したい。遅れてきたファンも納得してBlankey Jet Cityを愛し続けられるから。
今月の1枚・2012年9月
■ SEKILALA(セキララ) / Sherbet BLANKY JET CITYは、ブランキー市長の街という意味で、街(ジェットシティー)で起こるあれこれを歌っていた。「そん中にシャーベッツ通りってのがあって、オレが住んどる」らしい。SHERBETSを表す完璧な言い回しがすごい。 10のオリジナルアルバムを聴き続け、各アルバム毎の(好き)な曲を記録した。約一ヶ月かけて全てを聴き終えると一番(好き)が多かったのは『SEKILALA』だった。違うアルバムだけど「グレープジュース」のアニメーションも(好き)。
昨夜SHERBETSを目撃するまで
ベンジーってほんとに居たんだ。演奏直前、ギターを肩に掛ける姿を見た瞬間思った。大学生の頃ベンジーはBlankey Jet Cityのフロントマンで、解散を知った同級生達は横浜や苗場のライブに飛び回っていた。彼らは革のパンツを穿いていたし、こちらは毛色の違うバンドに夢中だった。 同級生の友人の部屋で当時始動したばかりのSherbet(現SHERBETS)を聴いた。『水』という曲が良くて再生されるたび曲名を尋ねていた。そして7月の写真展が今のベンジーを知るきっかけになった。[写真]STRIPE PANTHER GIGS
SHERBETS「STRIPE PANTHER GIGS」@LIQUIDROOM
ベンジーはまったく「ニュー・カラー」な存在だった。2列目にいたのでカールした髪からベージュのエンジニアブーツのつま先までよく見えた。白地に花柄のシャツのボタンをみぞおちあたりまで開け広げ、擦れたデニムを穿いていた。 ニュー・カラーとは写真史上の言葉だ。モノクロに代わりカラーで撮影された70年代のアメリカの風景写真。ベンジーはその風景の一部のような、褪せた色を全身にまとっていた。彼が立つとステージは流行らないキャバレーのように見えた。今夜はツアー初日で満員のお客がいたのだけど。




