Archive for the 'わたしと仕事' Category

ついに派遣契約が終了になる話

今の仕事が7月末で契約終了になった。いつまで働けるかあやういとは思っていたけれど……。画像編集業務は外国に発注することになるらしい。 マンネリで平坦な日々に悶々としながらも何もなかったらだらだらと働き続けたような気がする。社会復帰のリハビリ期間と考えれば切り上げどきなんだろう。でも前回なかなか仕事が決まらずに苦しんだので気分が沈む。そんな上層部の決定を申し訳なく思って「僕がサンドバッグになります!」と言った社員には500円玉よりでかい円形脱毛がいくつもあり何も言う気になれなかった。


続、これからの働き方

一方的に契約を打ち切られる非正規雇用労働者とは違って正社員には保障があった。希望退職者には割増退職金が支払われるのでうっすら転職を考えていた社員にはいい機会になったようだ。辞めるのか、辞めさせられるのか。この差は大きい。 この1年半非正規で働いてきて痛感するのはモチベーションの保ちにくさ。人事評価制度が存在しないので努力して結果を出しても見返りがない。なんとなく漂うそこそこにやっとく空気。責任を問われないのは働き易くはあるがやりがいに欠ける。いま欲するものはどちらにあるんだろうか。


間一髪で失業を逃れた話

勤務先の企業が事業を縮小する。この春に約半数の部門が閉鎖され、そこに所属する契約社員および派遣社員は契約終了になった。運良く生き残った部門にいたので職を失わずに済んだものの、このムードではいつまで働けるかあやういものだ。 正社員には「希望退職プログラム」があって少なくない人が退職する。お世話になった社員らも、共に働いたデザイナーたちも辞めていく。オフィス人口は半分くらいになるかもしれない。そんなわけで最近は社内のざわつきが収まらない。突然の失業もあり得たのだと目の覚める思いでいる。


社会復帰して一年たった

躁うつ病とパニック障害の治療をへて今の仕事を始めたのが去年の9月8日。そう、今日は社会復帰一周年の日です。2012年の休職以降2年半も働いていなかったので(責任の生じやすい正社員ではなく)リハビリをかねて派遣社員を選びました。 最初の数ヶ月間は大勢の中で働く緊張に加え、業務を覚えるのに必死でした。両肩に首が埋まるんじゃないかというくらい、がちがちになって働いた。でも。今度こそは自分を追い込み暴走してしまう頑張りぐせにブレーキをかけなくては、と。「壊れない働き方」を問い続けた一年間でした。


これからの働き方

時給が50円あがった。3月にも50円あがったので8ヶ月で100円アップだ。昔派遣をやっていたときは5年も働いて80円しかあがらなかったのに。時給アップを告げた担当者は恭しく「オジキュー」と言った。頑張りが報われて素直に嬉しい。 入社後間もなく新人教育係を命じられた。仲間と待遇が変わらないのにリーダーに仕立てられた。業務が増えても制作ペースを落とさ(せ)なくてどっぷり疲れたが復帰前に抱いた不安を思えば不満さえ贅沢な気がした。時給アップは嬉しい。でもこれからは周りと競わない働き方を考えたい。


働く人をみると

社会復帰から三ヶ月半、今日仕事納めをむかえた。会議は週に一度だけでほとんど自席で作業の業務。提案資料づくりも社外交渉も夜間の打ち合わせもない。ハケンを選んでよかった。活動的に働く人をみると(あそこには戻れない)と思う。 帰りの井の頭線で同僚は仕事をぼやいたあと「でも行きたくない会社じゃないし」と言った。それは以前会社に行きたくなかった気持ちを思い出させた。入社後まもなくして教育係を任された面倒だって、働く前に抱いた不安を思えば贅沢なものだ。行きたくない会社でないことが貴重だから。


疲れて満ちる日々

2週めが終わり休日のありがたさを感じる週末。環境が変われば覚えることばかりで当然ながら疲れました。でもある日の休憩中のトイレで「疲れ」を歓迎する気持ちが込み上げた。この疲れ、この社会復帰のために長い期間を費やしたんだ。 2年半に及んだ社会からの離脱は新たな価値をもたらしてくれました。理解ある友人たちと協力的な医療関係者のおかげもあって。一方で社会に居場所がないばかりに不安が続いた日々でした。変化を望む心があってもエネルギーがなかった。だから今は動いて疲れる、それだけで満ちてくる。


ただいま就業中

始業時間前のビルに働く人が押し寄せてエレベーターにそのままなだれ込む朝。エレベーターホールはせわしなく到着音を響かせる。おおこれが通勤だったよ。電車もエレベーターも次を待たずに乗り込む朝だ。次を待つこともできるんだけど。 前週は気もそぞろで皿を洗いながらひとりで泣いていた。気を紛らわせたくて柄にもないバラの花を買った。呆れるほど人前で弱音を吐きまくった。『だめなら辞めればいいんだから』という言葉の無責任さにすがった。でも最初の一週間は無事に過ぎた。想像していた嫌なことひとつなく。